あさぎり町中部ふるさと会

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続 ふるさと探訪

2018年4月28日

続 ふるさと探訪5 人吉球磨地方の隠れ信仰(5)

・隠れキリシタンのもう一つの祈り形態 ー庚申信仰偽装―
 隠れキリシタンは、弾圧と摘発から逃れ、拘束されても言い逃れができるような、あらゆる形態で信仰を全うした。観音信仰を装ってのことは後述し、ここでは道教に由来する庚申信仰を装った信仰形態から紹介する。
 庚申信仰というのは、中国の道教に基づく信仰で、先の「ふるさと探訪」でも紹介したように、人吉球磨地方は大分県の国東地方に次いで信仰のあつかった地域である。江戸時代に最盛期となり、今でも、徳島県美馬郡の貞光町や三重県伊勢市の小俣町では、その関連行事が継承されているが、現在の球磨地方では庚申待(こうしんまち)などの庚申信仰行事は行われなくなった。今は庚申塔を見ても何の石碑なのか知らない人が多い。

 さて本筋に戻るが、図13は庚申信仰の守護神、青面金剛像と庚申信仰を装った隠れキリシタンの信仰を示す石像である。庚申信仰や庚申塔及び青面金剛像については、これもまた、「ふるさと探訪」で詳しく述べた。人間の体の中の三尸(さんし)という虫が庚申の日の夜に天帝(天上の最高神)にその人の生前の罪状を告げ口するため人の命が縮められる。そこで、庚申の夜は眠らないで供養し、成就を記念して建立したものが庚申塔であり、三尸(さんし)の虫にらみを利かすのが青面金剛様である。

 図13の@は、青面金剛像を模したマリア観音像と言われている大分市の鶴賀城近くの山中にある庚申塔である。本物の6手青面金剛像は、下右手に剣を持ち、上右手には三叉戟((さんさげき):三又になった矛のような法具のこと)を持ち、上左手には宝輪を持っている。しかし、この像は、上左手に法輪の代わりに法具のようなもの(三叉戟か金剛杵?)を持っているが、上右手に三叉戟の代りにクルス(十字架)を持ち、まさしく、これは青面金剛像に似せたマリア観音像である。三叉戟(さんさげき)とは、、金剛杵(こんごうしょ)とは、中央がくびれた杵 (きね) のような密教法具である。
 図13Aの石像は、国東半島の大分空港の西、国東市安岐(あき)町油留木(ゆるぎ)の山中ある庚申塔であるが、なんと「烏ハ臼の文字が刻記されている。庚申塔が隠れキリシタンの隠れ蓑になっている例は球磨郡湯前町や宮崎県高千穂町龍泉寺の境内にもある。図13Bは湯前町下里の御大師堂墓地(昔は吉祥院)にある庚申塔と、そこに描かれた隠れキリシタンの指標マーク、ハート型蓮華紋である。ここの墓地には沢山の蓮華紋墓が存在する。
5A.png
      @          A          B          C
@大分市の庚申塔と金剛偽装マリア観音、A国東市庚申塔と烏ハ臼文字、B湯前町御大師堂の庚申塔と蓮華紋、C愛媛県大洲市藤繩のクルス大師
図13 庚申信仰や大師信仰を装った隠れキリシタンの信仰
最後の図13Cはクルス大師である。真言宗の開祖は弘法大師、空海であり、御大師さまであるが、愛媛県大洲市の藤繩(ふじなわ)という所にある小さな御大師堂には、こともあろうに、大師さまの左肩あたりに十字架が彫られている。十字架は、普段はよだれかけに隠れて見えないが、お祈りするときはよだれかけをめくるのだそうである。写真は、よだれかけをめくった左肩の所に彫られた十字である。はっきり分かるように黒線を入れて補ってある。先ほども述べたように、庚申信仰は道教であり、仏教もそうであるが、キリスト教とは全く異なる宗教である。異なるからこそ隠れキリシタンにとっては絶好の隠れ祈りの場となったわけである。このように、「慈母観音」や「子安観音」、「白衣観音」などの観音様をマリア様に見立て、拝み・信仰することを「仮託信仰」という。

・隠れキリシタン鏡(魔鏡)
平成26年6月、安倍首相はローマを訪れた際、ローマ法王に隠れキリシタンたちが使った「魔鏡」を贈呈した。江戸幕府の目を逃れて信仰を守り続けた長崎の「隠れキリシタン」の存在が明らかになって150周年になることを記念して贈呈したとのことである。魔鏡とはどんな鏡だろうか。魔鏡は隠れキリシタン鏡とも言われ、磨かれた鏡面に光を当てると、鏡の裏面の模様が投影される鏡で、キリシタンであれば十字架やマリア像、またはキリストの投影像を拝む。一向宗の仏教徒であれば、阿弥陀如来像を映し出して礼拝するのである。
5B.png
マリア観音魔境   魔境の投影(キリストの磔刑) ローマ法王へ魔鏡贈呈
図14 隠れキリシタン魔境
 図14の左端は筆者が有するマリア観音魔境である。蓮華座と光背が鋳出された毘盧舎那仏(びるしゃなぶつ)であるが、紛れもなくマリア観音である。この鏡の鏡面に光を当てるとマリア様が投影される。図の中央は、キリストの磔刑
(たっくけい:はりつけの刑)が投影された画面である。この鏡はどうして作るのかを説明すると、初めは意図して作ったものではなく偶然の結果であり、理屈は後でつけたものである。金属鏡(銅鏡や鉄鏡)の裏面には図柄や文字が鋳出されており、当然ながら凹凸のある裏面となっている。表の平らな部分を研磨して鏡面にするわけであるが、凹凸による肉厚の差が研磨面に現れるのである。たとえば、100円玉の上に紙を置いて1B〜2B位の柔らかい鉛筆でこすってみると、肉厚の厚い100の所だけが濃ゆく描き出される。研磨だとそこだけが早く減り、目には見えない程度の凹凸が生じ、文様が創生される。ここに光を当てると屈折率が異なり絵文様となり投影されるのである。魔境は隠れキリシタンだけが信仰のために用いた訳ではなく、一向宗の隠れ念仏の人たちも、魔鏡に阿弥陀仏の姿を隠し、映し出して拝んでいた。このように、キリシタンはあの手この手を使って偽装し、信仰を全うしたのであるが、当時の天草や島原には悲しい女性たちもいた。  
<つづく:♪島原の子守歌に隠されたキリシタン弾圧のわけ>

杉下潤二 junji@siren.ocn.ne.jp

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